日米通算4367安打を放って米大リーグ、マリナーズで現役引退を表明したイチロー元選手(45)が22日、成田空港から本拠地のシアトルに到着した。 空港に大勢の報道陣が待ち構える中、関係者に付き添われてエスカレーターから姿を現した。出発時と同じ黒いニット帽をかぶり、白のTシャツとジーンズ姿で弓子夫人と一緒だった。周囲からの「お疲れさまでした」「ご苦労さまでした」との声には柔らかな表情で何度も会釈を繰り返し、迎えの車に乗り込んだ。
出展:http://mainichi.jp/articles/20190323/k00/00m/050/027000c


馬之助の感想

イチローがオリックスに入団したのが平成4年。平成が終わる平成31年に引退し、平成の野球界はイチローの時代だったとしみじみ思うわ。

入団1年目2年目は土井正三監督に冷や飯を食わされたことはイチロー引退へで書いたわ。

しかしイチローは引退会見で野球をやっていて楽しい瞬間はあったかという問いに対し、

「1年目2年目は1軍に行ったり、2軍に行ったり。そういう状態でやっている野球は結構楽しかった」と答えたので意外だったわ。土井正三監督がイチローを見いだせなかったことで批判を受けていることを知っていて、わざと言った気もするけど・・。

イチローそういう状態でやっている野球は結構楽しかった。94年、仰木監督と出会って、レギュラーで初めて使っていただいて、この年まででした、楽しかったのは。その頃から急に番付を一気に上げられて、それはしんどかった。やはり力以上の評価をされるのは、とても苦しい。そこから純粋に楽しいということは、もちろんやりがいがあって、達成感を味わうこと、満足感を味わうことはたくさんあった。しかし、楽しいかというと、それとは違う。そういう時間を過ごしてきて、将来はまた楽しい野球をやりたいなと、これは皮肉なもので、プロ野球選手になりたいという夢がかなった後に、またそうではない野球を夢見ている自分がある時から存在した。”
出展:https://mainichi.jp/articles/20190322/k00/00m/050/020000c

彼の野球人生で楽しかったのは、はじめて200本安打を達成できたシーズンだけだったのでは?と思うわ。その翌年からは200本以上の安打、3割は当然の風潮になり、開幕戦でちょっと打てなかったら、スポーツ紙がイチローがダメになったと書きたてて、常に最高を求められる苦しさの連続だったと思うわ。

イチロー去年3月頭にマリナーズからオファーをいただいて、今日までの流れがある。あそこで終わっていても全くおかしくない状況だった。今この状況は信じられない。あのとき考えていたのは、自分がオフの間、米国でプレーするために準備をする場所が神戸の球場だが、そこで寒い時期に練習するのでへこむ、心が折れる。そんなときも仲間に支えられてやってきた。最後は今まで自分なりに訓練を重ねてきた神戸の球場で、ひっそりと終わるのかなとあの当時は想像していた。”
出展:https://mainichi.jp/articles/20190322/k00/00m/050/020000c

イチローでも心が折れるときがあることが引退会見でわかったのよね。

アメリカに単身に日本人が乗り込んでいった時、すぐ受け入れてもらえるはずはなく、孤独との戦いで、すごい苦労をを重ね、築き上げた数々の大記録だったのよね。

彼は監督はしないと明言したけど、しないでほしい。もうこれ以上神経をすり減らして戦わないで。マリナーズで大きな役職に就くといわれているのでシーズン中はアメリカで、オフは日本で子供たちを指導してあげて。

これからは野球を楽しんで。すごく楽しいゲームだってことを忘れるくらい、自分を追い込んだ日々を送ってきたのだから。

Enjoy baseball!





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